ヴァレリー「蜜蜂」詩の翻訳とイメージ。

詩の翻訳とイメージ。
同じ文章を訳していて、こうも違うと驚く。
それは日本語や芸術、イメージに関わる全てに言えると思う。


亜麻色の蜜蜂よ きみの針が
いかに細く鋭く命取りでも、
(……)
刺せ この胸のきれいな瓢を。
(……)
ほんの朱色の私自身が
まろく弾む肌にやってくるように!

素早い拷問が大いに必要だ。

ヴァレリー「蜜蜂」中井久夫訳)






亜麻色の蜜蜂よ、おまえの鋭い
針が、たとえ死をまねきよせても、
わたしのやさしい胸の花籠には、
夢のようにあわいレースを着せただけ。

刺せ、その胸の美しい瓢を、
そこには愛が消えがてにまどろんでいる、
わたしの真紅のひとしずく
まるい頑な肉の面に滲みでるように。

わたしはすみやかな苦痛をねがう。
よどむ責苦にくらべれば
一刻のはげしい痛みをえらぼう、
わたしの感覚よ、照らしだされてあれ、
ひと刺しの金色のかぼそい警告に、
これがなければ、愛も消え、また眠ってしまう。

蜜蜂 ポール・ヴァレリー 清水徹




お前の針が 蜜蜂よ
どんなに繊細で どんなに致命的でも
わたしはただ 薄紗のような眠りで
お前の一撃を受け止めるだけだろう

わたしの胸のふくらみを刺しておくれ
そこには愛がまどろんでいる
刺されたあとには小さな斑点が
丸い肉にそって浮き出てくるだろう

すばやい一刺しでわたしを見舞っておくれ
強烈だけれど限りある痛みのほうが
果てのない鈍痛よりも耐えやすいから

わたしの感覚が
小さな金色の傷に警戒し
愛が死んだり眠り込んだりしないように!


抽象度が高い翻訳ほうが、イメージ出来た時の自由度があって好きだけど、意味が分からなかったりイメージ出来なかったりする。
逆に説明的すぎる翻訳は、抽象度が低く窮屈な印象で、3つ並べてはじめてわかった気になる。

DAY / Keni Burke

何曲か出来て来たので、サウンドクラウドにアップ。
エディットした曲は、ケニバーグの『day』クラブ向けに重低音を補強しました、疾走感がある曲で編集時に、どっかに旅行している様なトリップ感があって楽しかった。音楽を聴いていたり、作っている時のトリップ感は独特でワン&オンリーな素敵な瞬間、
この曲は確かビートルズのジョージハリスンの自主レーベル。ダークホースからリリースされたアルバムで、同じレーベルからリリースされた。Stairsteps の2nd Resurrection (1976) もカッコイイ。

Day / Keni Burke (Summer Of Love ReEdit)

https://soundcloud.com/sekine-tsuyoshi/day-keni-burke-summer-of-love

自作曲もテクノミニマリズム路線で出来てきました、今ミニマルに関して勉強中で、色々と考えて言語化できるように模索中です。まとまったらまた書きます。

Clear dub / sekine tsuyoshi

https://soundcloud.com/sekine-tsuyoshi/clear-dub

無関心、冷笑、政治的役割

「私は、たとえば、ほんの少量の政治とともに生きたいのだ。その意味は、私は政治の主体でありたいとはのぞまない、ということだ。ただし、多量の政治の客体ないし対象でありたいという意味ではない。ところが、政治の客体であるか主体であるか、そのどちらかでないわけにはいかない。ほかの選択法はない。そのどちらでもないとか、あるいは両者まとめてどちらでもあるなどということは、問題外だ。それゆえ私が政治にかかわるということは避けられないらしいのだが、しかも、どこまでかかわるというその量を決める権利すら、私にはない。そうだとすれば、私の生活全体が政治に捧げられなければならないという可能性も十分にある。それどころか、政治のいけにえにされるべきだという可能性さえ、十分にあるのだ。」(ブレヒト『政治・社会論集』

色々なものが細分化され見えにくくなっている、生活に関わる事柄は、本来なら「政治的」にならざる得ない。例えば、音楽を作ること、働くことも、「政治的」と言えるのではないか?私は、それらから逃れられていると考えみたところ、無関心という政治的役割を背負ってる。

全てを切り離し無関心を装っているから、諸々の力が失われていく、大袈裟に言えば今日の食べる物も政治的選択によって決定されている。TPP、遺伝子切り替え作物、食品に含まれる残留農薬、又は放射性物質などの環境基準は、政治的に決定されている。

日々、食べ、働き、そして作り、歌い交わし、ステップを踏む、その連なりが「政治的」でもある。


以下、コピペ、メモ。
蓮實重彦の『凡庸な芸術家の肖像』

芸術家とは、その内的な感性の鋭さ故に政治に背を向けるのではない。内的な繊細さが要求されてもいないときに外的な鈍感さを装う、きわめて政治的な存在なのである。それはほかでもない、制度的に深く政治に加担する存在だということだ。p315
自分には政治のことはよくわからないと公言しつつ、ほとんど無意識のうちに政治的な役割を演じてしまう人間をいやというほど目にしている(……)。学問に、あるいは芸術に専念して政治からは顔をそむけるふりをしながら彼らが演じてしまう悪質の政治的役割がどんなものかを、あえてここで列挙しようとは思わぬが、… 
p461
混乱に対して共感を示さずにおくことの演じうる政治性に無自覚であることの高度の政治的選択 
p582


以下、作家・哲学者、佐々木中のツイート

@AtaruSasaki: 知人のプログラマによると、もうギークたちはFacebookにもTwitterにもいない、Github Gistで日記書くのもやめてリアルで会ってる。が、TwitterにはまだRSSリーダの代替としての、そして市民運動の連絡ツールとしての役割が残ってる。

@AtaruSasaki: おっと、もうひとつ役割がありました。それは「市民運動を斜に構えてヘラヘラ見下し仲間内で冷笑する社交場」としての機能です。どっちもどっち論者、そこまでやらなくても論者、内容はいいがやってる人間が気に食わない論者。内心にあるのは既得権益を失いたくないという自己保身。東電か。

@AtaruSasaki: 繰り返しますが、人種差別などの歴とした不正が目前で行われているのに、客観中立を装ったり党派的に日和見をしたりするのは、そのような不正に積極的に加担していることになります。その理由が狭い業界での保身ともなれば、思っているより遙かにあなたはあなたの敵だと思っていたものに酷似している。

@AtaruSasaki: 自分の信念を貫くこと、しかしこの社会で生き延びること。この二つをなんとか両立するために、ネゴシエーションというものがある。ギリギリの交渉はストレスフルで疲れます。が、いつも逃げ回っていれば、信念や既得権どころか、正義も生命もすべて失うことになる。
@AtaruSasaki: 知人が作家ゴイティソーロから直接聞いたユーゴ内戦の話。脱出して来た旧ユーゴの作家や学者達が慟哭し悔いていたこと。「排外主義を唱える連中はみな愚かで幼稚に見えた。何もできまい、放っておけ、三流の媒体でわめかせておけと思った。それが、このざまだ。真正面から戦わなかった我々の責任だ…」

このブログからサンプリング。http://yokato41.blogspot.jp/2014/03/blog-post_22.html

ベケット『名づけえぬもの』

続けなくちゃいけない、

おれには続けられない、

続けなくちゃいけない、

だから続けよう、言葉をいわなくちゃいけない、言葉があるかぎりは言わなくちゃいけない、彼らがおれを見つけるまで、彼らがおれのことを言い出すまで、不思議な刑罰だな、不思議な過ちだな、続けなくちゃいけない、ひょっとしてもうすんだのかな、ひょっとして彼らはもうおれのことをいっちまったのかな、ひょっとして彼らはおれをおれの物語の入り口まで運んでくれたのかな、扉の前まで、扉をあければおれの物語、だとすれば驚きだな、もし扉が開いたら、

そうしたらそれはおれなんだ、沈黙が来るんだ、その場ですぐに、わからん、絶対にわかるはずがあるもんか、沈黙のなかにいてはわからないよ、

続けなくちゃいけない、

おれには続けられない、

続けよう。

ーーベケット『名づけえぬもの』 安藤元雄訳 白水社

relaxin’01 ミックスクラウド

ミックスクラウドにミックスをアップしたので軽く曲紹介です。

https://www.mixcloud.com/tsuyoshi-sekine/relaxin01/



① Nathan Michel / A To B

HEADZのサブレーベルからリリースされソフトロックの新時代を感じる。楽曲、アートワーク共にドリーミンな内容、アルバム通して良い。詳しくは http://www.faderbyheadz.com/release/headz47.html

② Cinq / Call At 8:15a.M

MIDI Creativeのレーベルnobleから、二階堂和美さんのヴォーカルが幻想的でアルバム通してgood、亡くなってしまったDJ Klockが数曲参加してます。

③ Christopher Willits / Colors Shifting
  

アメリカのインプロギタリストの作品、自由な空気感が伝わる良い曲。なぜかカルフォルニアを想像させる。
調べてみたらサンフランシスコを拠点に活動していると知って納得。

④  Caetano Veloso / Zera A Reza

ヒップホップの手法を取り入れたアルバムからチョイス、色気のある歌声がサイコー、どの年代のアルバムも良いですね。

⑤  Anonymass / For No One
   

ビートルズのカヴァー、多彩な楽器とエレクトロニクスが織りなす色彩溢れる音楽。

⑥  PUNPEE / Movie On The Sunday

友人から頂いたCD、s.l.a.c.k.のお兄さんでユーモラスなラップと大胆なサウンプリングが良いです。中古でプレミア価格になってる。

⑦ J Dilla Bye.

3日前に自宅で32歳の誕生日を迎え、生前最後のアルバム『Donuts』をリリースした矢先に亡くなってしまった。
荒削りのデモヴァージョンと思っていたけど、違ったみたい。32歳で亡くなるまでビートを刻んで行った姿勢に感服です。

⑧ Common Feat. D'Angelo / So Far To Go

先ほどのビートに、コモンとディアンジェロが言葉を添える、SOUL QUARIANSの凄さ。commonの『Like Water for Chocolate』と合わせて聴きたいところ。

⑨ Color Me Badd / I Wanna Sex You Up

ムロテープに収められていた思い出の曲、懐かしいので入れました。

⑩  Opto / 11.33 a.m.

alva notoとopiateのユニット2作目、opiateのポップさがalva notoの時に攻撃的な電子音をマイルドに変容している。

⑪  Subtle / 16

ipodに入れたまましてて、たまたま再生して聴いた時は衝撃的でした、2013年に出たアルバムも未聴ですが良さそう。
詳しくはhttp://www.sub-tle.com/2.0/sound/index.html



⑫  Tsuki No Wa / 小麦畑

一時期凄くハマってました、ヴォーカルが独特でライブレコーディングを駆使した音処理が新鮮。オリジナリティー溢れるバンド。

⑬ sekine tsuyoshi / atomic sunshine

折角なので自作曲も、坂本龍一さんのラジオでノミネートされた曲です。「映像的な音楽」と評された記憶があります。
http://www.j-wave.co.jp/original/radiosakamoto/audition/free_nominees-45.htm
ダウンロード販売しているので気に入れば是非。
https://itun.es/jp/w1aeC

Taylor Deupree & Christopher Willits / Jasmine

10年くらい前にスーパーデラックスでライブを見に行った記憶があり、この曲をやっていたような気がします、短いながらも音の響を聴く楽しみを与えてくれる作品。

⑮ Sketch Show / Traum 6.6

高橋幸宏さんと細野晴臣さんによるエレクトロニカ・ユニット。スケッチショウの2作目、このアルバムから坂本龍一さんも参加し現在のYMO再結成の流れが出来る。改めて聴いてみると、ポップさと実験的な要素のバランスが凄い。ほとんど奇跡。

simply celebrate

一曲出来た。

bpm120シンプルな四つ打ち、シンプルすぎかも、気がつけば7分もあるのね。
長めの曲を最初から作ろうと考えると大変だけど、自分の中で丁度いい時間で区切ったら7分だった。曲を作るときは、大体5分越えるくらいを目安にやってる。この曲の場合は、反復が多いから長くなったみたい。寝かして耳がフラットになったら、少しずつ作り変えてみよ。

色んなカテゴリーの音楽があるけど、作品の持ってる強度みたいなモノは共通している気がする。
今まで作っていた音楽は、低音が出すぎな事に気がついた、ヒップホップ育ちだから耳がそうなってるのかもしれない。今更だけど、ミニマルミュージックは、派手さが無い分、細部にこだわる。シンプルなものが好きなんだなと、下手を打つと単純になってしまうものを、シンプルで飽きないように。工夫出来ると。

https://soundcloud.com/sekine-tsuyoshi/simply-celebrate

リトルネロ。(秩序、カオス、反復。)

久しぶりの動画作りまして。

mac付属imovie08だけでもまだやれそう。静止画を使ったこの方法は作っていて楽しかった。ホントはfinalcut欲しいところだけど、新しい機材買うと使い方とかで色々混乱するからね。数秒しかサンプリングできない昔のサンプラーの如くチマチマした作業でした。

音楽制作に関しては、一進一退です。今作ってる曲がいい感じに出来てくれれば、次のアルバムの方向を示してくれそうだけど、どうでしょうね、毎回こんなこと言ってるな。ダンスミュージックってのは変わってないけど。相変わらずカオス、それでも音楽には、カオス状態に秩序を与える効果もあると思うから、その間を揺れ動き続けてく。



パウル・クレー「さえずる(ツイートする)機械」
ミルプラトーリトルネロの章に添えられていた絵。


暗闇に幼子がひとり。恐くても、小声で歌をうたえば安心だ。子供は歌に導かれて歩き、立ちどまる。道に迷っても、なんとか自分で隠れ家を見つけ、おぼつかない歌をたよりにして、どうにか先に進んでいく。歌とは、いわば静かで安定した中心の前ぶれであり、カオスのただなかに安定感や静けさをもたらすものだ。子供は歌うと同時に跳躍するかもしれないし、歩く速度を速めたり、緩めたりするかもしれない。だが、歌それ自体がすでに跳躍なのだ。歌はカオスから跳び出してカオスの中に秩序を作りはじめる。しかし、歌には、いつ分解してしまうかもしれぬという危険もあるのだ。アリアドネの糸はいつも一つの音色を響かせている。オルペウスの歌も同じだ。
「ミルプラトー」 ドゥルーズ=ガタリ