「wet hearing」配信開始,全曲解説

「wet hearing」配信開始しました。
iTunes store https://itunes.apple.com/jp/album/wet-hearing/id939484205



このアルバムは、「unfinished soundscape001」の流れをうけての作品で、内省的なイメージ中心の作品になっています。
1stの制作と重なる時期の作品もあり、「過去」の感性と「今」の感性のコラボレーション的な意味合いで作るきっかけを得て完成させていきました。
以下、このアルバムの全曲紹介です。


1 for the quiet life 2012年7月

2011年3月11日の東日本大震災原発事故の混乱で一年も経っているのにまだ色々考えがまとまらず、混乱していた時期だと思う。せめて音楽の中だけでも安らげるような曲を作りたかったんだろう。
(作った当時のヴァージョンはyoutubeにアップしてあります)

話が前後しますが、この曲を作る前の2009年10月頃に岩手県宮古市に仕事の関係で2、3日滞在していた、空き時間にフィールドレコーディング用に購入したばかりのICレコーダーで浄土ヶ浜という名勝で波の音を録音した。
景色も名前に恥じない美しさで波の音も気持ちよかったのでいつか曲に使おうと軽い気持ちで。
その後3.11津波が起きた、手元に東北地方の波の音が残った。最初は聴くことが怖かったし、どう使っていいのか分からなかった、時間が経って、忘却しないために、ずいぶんと前に出来ていたこの曲の頭と終わりに波の音を足しました。
繰り返す波の音は、「1/fゆらぎ」 の性質を持っている、この1/fゆらぎに対しての感じる心地よさは、文化、環境、地域などによって色々な感じ方があると思います。
音量ではなく低音域の周波数を高音域まで徐々にフェードアウトさせてこの音楽に馴染ませた。


2 fall 2012年9月  

この曲も制作は2年前で大体カタチになっていて寝かしていた作品。今回新たにシンセの音をフィードバックさせたり、曲の流れの『間』を大切に扱う様に心掛た。活躍したシンセの音は、ACCESS VIRUS TIこのシンセは楽器屋で試奏して音の良さにビックリした機材、周波数域が豊なんだろうけどどこか暖かくて、デジタルじゃないような響きでお気に入り。
logicに最初から入っているソフトシンセも優秀で、フィードバックの音はlogicのソフトシンセです。
1stアルバムを出した当初は1stの流れをシリーズ化してリリースして行こうと思っていた。『unfinished soundscape 002』とかにしてポコポコ良い曲が作れるんじゃないかと、今思うと配信したての喜びや開放感で楽観的に考えていました。アルバムを出すにつれ、もっと明確な『主題あるいは意味』のようなものが必要だと感じました。ただでさえ曖昧な音楽なので、それを当てはめるような枠のようなのモノが必要な気がしています。

   
3 melancolia 2010年9月

この曲がこのアルバムの中で一番古い2010年9月11日制作開始。偶然だろうけど9.11アメリ同時多発テロの9年後の日にファイルが作られていた。1stに入れようか悩んでいた曲で結局入れなかったと記憶しています。
当時は今より沢山の音楽を聴いていたからこの手の音楽に飽きていたのかな。
作曲者にとって作品に飽きるという事は、凄くショッキングで目を背けたい出来事です。
アルバムを作る事になりあらためて聴き直してみると、結構良いと思えた。出だしのホーンの音を足したりノイズの配置や周波数をいじくったり所々微修正して仕上げて行った。
この作品は当時、自分の制作に影響を与えたWilliam Basinskiというアーティストに触発されて作ったものの一つで。彼の音楽の特徴は、アナログテープに音楽を焼き付けそれをループないしコラージュによって、音の失われるさま(テープの劣化によって)それからその劣化によって新たな響きが産まれるようすを表している点に代表されると思う。 彼の代表作 The Disintegration Loopsも偶然にも9.11を主題にしてる。


4 for mist  2014年8月

この曲は、アルバムの中で一番最近の曲で。最初はダンストラックを作るつもりが、徐々に電子音響系の音楽に変わって行きました。BPMも123とダンストラック用の速さなんですが、BPMの割に遅く感じられると思う。
最近の制作手法として、周波数をオートメーションでリアルタイムにコントロールして音の混ざり具合や、響きに効果を出すようにしてます。微妙な音の変化にも耳は敏感で、可聴域周辺(20Hz〜20KHz)や可聴域以外の音も耳(身体)は、音の気配として反応します。料理でいうなら隠し味でスパイス的に高周波、低周波を使っている。
(配信だと圧縮されてしまいますが、音の残滓は残るはずです。)

5 snow 2011年6月 

1stアルバム『cat nap』からの変形で寒々としたサウンドスケープが気に入ってます、冬にリリースするので季節感も意識しました。アルバムタイトルとも共鳴する部分です。
これも周波数コントロールで、ビートが徐々に浮かび上がったり、沈んだり、リヴァーブをコントロールしたりして、単調になりがちな自分の音楽に複雑さを表しています。これもACCESS VIRUSが活躍した作品。タイトルの通り制作途中から雪をイメージして変形させて行きました、豪雪地帯のドカドカ降る様な雪。


6 flowers 2012年3月

映像と共にyoutubeにアップして宙ぶらりんになっていたビートレスのアンビエント作品。あまり覚えていないけど結構速く出来上がった曲で、logic付属のソフトシンセSculptureが活躍、このシンセは物理モデル音源と呼ばれるシンセサイズの方式で(多分)、出した音が常に揺らいでいる。振動中の(動いている)弦や棒をシミュレートしてサ ウンドを生成してるらしく、常に複雑な計算していてCPUを食います。このシンセには、まだ色々な使い方があり自分のイメージを具現化してくれます。
youtubeにアップした映像は、津波の被害のあった仙台郊外の国立公園の花の映像を多く使いました。(この土地には、偶然震災を挟んだ前後二度ほど仕事で行く事になった。そしてその事は大きな出来事でした。)海岸沿いの様子今まで経験した事がないほど、あまりにも悲しすぎて撮る気分にならなかった。
花の、美しさや儚さに惹かれたのだと思います。のちに読んだ本のタイトル『砕かれた大地に、ひとつの場所を』のタイトルを借りて『砕かれた大地に、花束を』を副題にした。

7 autumn steps 2011年9月

このアルバムの中でも異色なビートが強めな曲で、そのビート感が活きるように心掛けました。
リズムを刻んでいるノイズを際立たせたり後半のドラムのサンプリングの仕方など試行錯誤しました。 
ティーンエイジャーの頃よく聴いていた、hiphopやtrip hopの作法をコンピュータで置き換え、制御されたノイズ、Hi-Fiでエレクトリックな表現に使う。みたいなこと考えていたのかもしれない、この作品では手探りの状態でまだ深く掘り下げられる余地があると考えてます。 


曲に対して誠実に書いてきましたが、自分の気持ちとやはりどこか零れ落ちます。それは音楽の捕らえ所の無さからなんでしょう。
アルバムタイトルの想いは。
wet
湿潤、湿り、濡らす、湿す、潤す、ウエット、ねれた、湿生、
hearing
聴覚、聴取、ヒアリング、聴聞会、聞くこと、傍聴、審問、裁判、
です。気分的には、裁判と言うのが気に入ってます。音の湿りけを聴取する、濡れた音を聴く、iTunes上で世界に音楽配信された開かれた裁判。